無駄なこと

前に、無駄だと思えるような時間を過ごしたとしても、何かしら自分の糧になっているはずさ、と言うようなことを書いた。

もちろん今でもそう思ってるし、今後もそう考えて生きていきたい、と常々思っている。

挫折や人より回り道をした分だけ多彩な経験をしているわけだし、一つのことを長く続けるのも、それだけ価値があることだと思う。

ただね、そう考えていても、どうしてもその行為や、それにかける時間というものに一切の価値を見出せない事柄がある。

「通勤」である。

私の場合、片道2時間の道のりを通っている。

隣駅の会社の就職したにも拘らず、会社の都合でそこまで遠いところへ通わされているのだから始末が悪い。

TVや著書の中で、成功者と自称するものが往々に言う。

「通勤時間に勉強するなど、時間を有効に使え!」と

こいつらは通勤したことがないのか。

あの朝の混みあった電車内で参考書などを拡げているやつがいたら、迷惑極まりないぞ。

そんなスペースなどないし、時折いる、人の背中で新聞を読むやつ。そういうやつは張り倒して良いということにしないか。

尚且つ置換冤罪に脅える男性諸君。
痴漢行為にまったく興味のない俺にとっては、朝の電車内近くに綺麗な女性がいたとしても、それは通勤時間をより苦痛にする要因の一つでしかないわけである。

少し考えてみるだけでもまったく持っていいところが見当たらない。探せばまだゴキブリの方が世の中の役に立っているかもしれないぞ。

いいところがないどころか、長い通勤を続ければ続けるだけ自分が貧しい人間になっていくような気さえするよ。

同じく遠くから通わされている後輩がいてね、そいつと一緒にこの前計算してみたんだ。

4時間(往復) × 200日(出勤日数、適当にこのぐらいか?) = 800時間!!

800時間 ÷ 24時間(1日) = 33.33333333…日!!!!

なんてこったい、俺は1年のうち、およそ丸一ヶ月を通勤しているということになるのか。

なんだかなー。どう思う、これ?

通勤時間って給料出るわけじゃないし、プライベートな時間削ってるだけだからね。

しかも全て苦痛な時間に変わっちまうのさ。

あーあまた明日もか、と思いながらも、何の対策も見出せず、ギターをかき鳴らす毎日である。

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